
串本町商工会 経営指導員の漁野です。 平素より、地域の安心・安全を支えるインフラ整備や住宅建設にご尽力いただき、心より感謝申し上げます。
今回は、建設業を営む皆様に、会社と従業員を守るための制度について、改めてご確認いただきたい事項がございます。
「貴社では、従業員の方々を守るためにどのような保障をご用意されていますか?」
「現場の労災に加入しているから問題ない」 もし、そのように即答されたのであれば、本記事の内容は貴社を守るための重要な「命綱」になるかもしれません。
実のところ、「現場の労災」は万能ではございません。現場を一歩離れた場所で発生した事故には適用されないケースがあり、それを知らずに数千万円規模の請求を背負ってしまう事例が存在するのです。
本記事では、建設業特有の複雑な保険の仕組みを整理し、会社とご家族を守るために必須の知識である「労働保険番号の仕組み」について、法的根拠を交えながら分かりやすく解説いたします。
目次

一般的な店舗や工場においては、従業員は毎日同一の事業所に出勤します。労働保険法上、これを「継続事業」と呼びます。 一方で、建設業の皆様は、工事ごとに現場が移動し、工期も定められています。これを「有期事業」と呼びます。
この特殊な業務形態に対応するため、建設業の労働保険は「二元適用(にげんてきよう)」といって、保険関係を2つの区分に分けて管理する仕組みが採用されています。
今、お手元に「労働保険料等納入通知書」などの書類はございますでしょうか? そこに記載されている「労働保険番号」の「末尾(一番最後の数字)」をご確認ください。
例:30302933035-✕✕✕▶この場合の末尾は5
| 番号の末尾 | 種類 | 法律上の名称 | 対象となる場所 |
| 5 | 現場労災 | 有期事業 | 元請として管理する「工事現場内」のみ。 |
| 6 | 事務所労災 | 継続事業 | 現場以外のすべて(事務所、倉庫、資材置場など)。 |
もし、貴社の保険番号が「末尾5」のものしかない場合、極めてリスクが高い状態(無保険の空白地帯がある状態)といえます。
次項より、その理由を詳しく解説いたします。

「末尾5(現場労災)」の適用範囲は、法的に「建設事業の遂行に直接関連し、かつ、その危険圏内」と解釈されます。 換言すれば、現場のゲートを一歩出た外側(管理権限が及ばない場所)で発生した事故には、原則として適用されません。
具体的に、どのような場面が「対象外」となるのでしょうか。


ここは非常に判断が難しい「グレーゾーン」となりやすい箇所です。


ここが最大の注意点です。 「事務所労災」という名称から、「事務職員のための保険」であると誤解されがちですが、実態は異なります。
たとえ現場作業に従事する職人の方であっても、前述のような「倉庫での積み込み」や「メンテナンス」を行っている時間は、労災保険上の扱いが「現場作業員(有期事業)」の枠から外れます。
つまり、事務職員が一人も在籍していなくとも、現場で働く従業員の方々を守るために「末尾6」の加入が不可欠なのです。

ここで、経営上のコストとリスクについて、少し踏み込んだお話をさせていただきます。
新たに「末尾6」の保険を成立させるということは、労働保険番号が一つ増えることを意味します。 それに伴い、当事務組合への「事務委託手数料」も、規定により追加で発生する場合がございます。 「固定費が増加するのは避けたい」と思われるお気持ちは、経営者として痛いほど理解できます。
しかしながら、ここで「未加入のリスク」を数字で検証してみましょう。
もし、事務所労災に未加入の状態で、従業員の方が倉庫作業中に死亡事故を起こされた場合、どうなるでしょうか。
国は、遺族に対して労災給付(遺族補償年金など)を行います。 しかしその後、「労働保険に加入していれば支払う必要のなかった費用」として、国が立て替えた給付額の40%〜100%を事業主に請求します。
これは脅しではございません。労働者災害補償保険法第31条に明記された、国による行政処分(制裁)です。 過去の裁判例(高知労基局長事件など)においても、安全対策の不備や手続きの放置があった事業主に対し、厳しい徴収処分が認められています。
【想定される請求額の例】
ある日突然、国から数千万円の請求書が届くことになります。これに加え、遺族からの民事損害賠償請求も重なる可能性がございます。 多くの小規模事業者にとって、これは事業の存続に関わる重大な事態となります。
では、「末尾6(事務所労災)」に加入するための保険料はどの程度でしょうか。
「万が一の際の数千万円(+倒産リスク)」と、「安心のための年間数万円」。 経営判断として、どちらを選択すべきかは明白ではないでしょうか。

「制度の重要性は理解したが、手続きが煩雑そうだ」 「下請け専門であり、一人親方も使用しているが、どう対応すべきか」
ご安心ください。私たち串本町商工会は、厚生労働大臣の認可を受けた「労働保険事務組合」として、皆様の複雑な事務手続きを包括的にサポートいたします。
商工会に委託いただくメリットは、単なる事務負担の軽減にとどまりません。
本来、事業主(社長)や家族従事者は「労働者」ではないため、労災保険には加入できません。 しかし、労働保険事務組合(商工会)に事務を委託している場合に限り、「特別加入制度」を利用して、経営者ご自身も労災保険に加入することが可能です。現場に出られる経営者様には必須の制度といえます。
従業員を雇用せず一人で事業を行う「一人親方」の方も、商工会を通じて労災に加入できます。 具体的には、商工会が事務を受託している建設組合にご加入いただく形となりますが、窓口は商工会で一本化することが可能です。
【重要】 近年、大手ゼネコンのみならず地場の現場においても、「特別加入していない一人親方の現場入場を認めない(入場規制)」ケースが増加しています。事業受注のためにも、加入は必須条件となりつつあります。
金額にかかわらず、保険料を年3回の分割払いにすることができます。一時的な資金流出を抑え、資金繰りの安定化に寄与します。

A. 現場以外の作業を行う可能性がある場合は、加入を強く推奨します。 「現場以外の作業(自社倉庫での片付け、加工、見積もり作成のための下見など)」が一切発生しない、というケースは稀です。万が一の現場外での事故に備え、リスク管理の観点から加入されることをお勧めいたします。
A. 原則として「末尾6(事務所労災)」となります。 事務職員や倉庫専任者、営業担当者など、請負工事の現場に出ない従業員の方の業務災害は、すべて「末尾6」で対応することになります。
A. 実態に合わせて推計いたします。 例えば、「月に1日程度は倉庫整理やメンテナンスを行っている」という場合、その日数分の賃金を算出して計算します。
A. 除外できる場合がございます。 「工具手当」や「車両借上料」などは、労働の対価ではなく「実費弁償」とみなされ、保険料の算定基礎から除外できる可能性があります。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。 今回の重要ポイントを、改めて整理いたします。
「保険料や手数料等のコストを抑えたい」 そのお考えは十分に理解できます。しかし、そのコストは、会社と従業員の方々の未来を守るための「必要経費」でもあります。
どうか、「あの時手続きをしておけばよかった」と後悔される前に、一度ご確認をお願いいたします。
「自社の番号を確認してほしい」 「一人親方を使用しているが、適正に加入できているか不安だ」
そのようなご相談でも構いません。 煩雑な手続きや計算は私たちにお任せいただき、皆様は安心して現場のお仕事にご専念ください。 串本町商工会へ、どうぞお気軽にお立ち寄りいただければ幸いです。
串本町商工会(労働保険事務組合) 電話:0735-62-0044 担当:労働保険担当(漁野・坂本)
